プロフィール編集
1988年 11月21日
一休さんの命日に難産の末
アコーディオンを持って誕生。
7歳の時サーカスのアコーディオン弾きと目が合い
アコーディオンで生きていくことを決意
サンタさんにアコーディオンを頼んだことから
アコーディオン弾きの生活が始まる。
MINORITY ORCHESTRAという
ヘンテコジプシーバンドも結成。
ジャグラー目黒陽介と
プラノワ というユニットでも
大道芸や色々なイベントなどで活動している。
2002年
第3回JAA国際アコーディオンコンクール 中学生の部 第3位
2005年
第4回JAA国際アコーディオンコンクール
パフォーマンスコンクール グランプリ&観客賞
(MINORITY ORCHESTRAとして)
2006年
第6回ヘブンアーティスト 音楽部門合格
2007年冬
三茶de大道芸をきっかけに
ジャグラー目黒陽介とプラノワを結成。
2008年6月
MINORITY ORCHESTRA初の海外進出。
ロンドンの街を浴衣で練り歩く。
10月末〜11月
新国立劇場 中劇場での舞台「山の巨人たち」に出演
舞台上で麻実れいさんなどの歌の伴奏をした。
主な活動
ヘブンアーティストin上野、ヘブンアーティストin秋葉原、ひたち国際大道芸
大道芸フェスティバルin遠刈田、日本テレビ イベント出演
日本シャンソン館にて野外ライブ、都営大江戸線新宿西口駅構内での路上演奏
カフェでの演奏、ロシア民謡の伴奏etc...
☆HISTORY☆
1988年11月21日千葉出身 蠍座のO型。
デザイナーの父とイラストレーターの母の間に長女として産まれる。
2歳の頃から盆踊りの虜に。
夏の時期、おばーちゃんに連れられ盆踊りのハシゴをするのが恒例だった。
3才。一人で櫓にのぼり、踊って、叱られる。
5才、幼稚園でピアノを弾いている友達の曲を覚え家に帰り、鍵盤ハーモニカで弾く毎日。
ピアノを習うことに。
発表会で弾く曲を演歌風、ジャズ風などアレンジしてよく叱られる。
工作が大好きで、この頃の夢は、大工さん。
7才の頃 母親に連れられサーカスを見に行く。(それが、シルク・ド・ソレイユだったと、後で知る。)
その中に出てきたサーカスのアコーディオン弾きに釘付けになる。
アコーディオンが欲しくて欲しくて、たまらなくなる。
母親にアコーディオンが欲しいとせがむ
「ならサンタさんに頼んだら?」と言われ、なるほどと思いサンタにアコーディオンをお願いする。
本当にアコーディオンが手元に来て感激する。(もちろんオモチャのミニアコーディオン)
たまたま担任の先生がアコーディオン好きでちょこっと教わりながら黙々と練習してみる。
8才の冬 もうちょっと大きいアコーディオンが欲しくなりまたサンタさんに頼む。
ちょっと大きいアコーディオンをもらう。
小学校低学年時代は友達とあまり遊ばず、家の中では工作。
外ではアリンコをいじくるのと一輪車とブランコに乗るのが好きだった。
ピアノは好きだったが、楽譜通りに弾くのが嫌いで、ピアノの先生を悩ませる。
このころから、お楽しみ会では、アコーディオンを弾くのが恒例になる。
10才の冬、和光学園のことを知り 学校を転校する。
クラスメイトにたまたまアコーディオンを習っている男の子にアコーディオン発表会を観に来ないかと誘われる。
観に行くつもりが、アコーディオンが好きという事を話したら合奏で演奏することになる。
自分も発表会に出たのがきっかけでアコーディオンを習い始める。
発表会やコンクールに出てみるものの 課題曲が嫌いであまり楽しくない。
決まられた曲を弾くのが面白くなくて、アコーディオンサークルをやめる。
中学時代はピアソラを聴きながら試験勉強。。。のフリ。
このころ、アコーディオニスト佐藤芳明を知る。
耳コピを始め。好きな曲を弾き始める。ひょんな事から、
こまっちゃクレズマのCDを手に入れ
梅津和時を知りサックスに惚れる。「ハバナギラ」を聴き民族系の音楽の虜になる。
同級生の太鼓弾きと「ちゃらんぽらんた」というユニットを組み校内で発表する。
こまっちゃクレズマの新宿ピットインのライブに行く。
サインを頼むつもりで、楽器を持ち込み
梅津様はナント舞台に上げて、「ちゃらんぽらんた」を紹介!
おそろしいことに、初のセッション!!
曲は「ハバナギラ」感動ではあったが、アドリブが出来ず落ち込む。
この頃、ファーマーズ・マーケットをネットで知る。CDを買い。ライブに行く。
ここでも、アコーディオンを持って行きサインをねだり。。。カシュテンセンとセッション!!
高校時代はブラスバンド部でサックスを吹いてみる。
自分のワガママを通したいがためにバンマスになり
自分のやりたいようにジャズやスカをやってみる。
友達とつるむのが嫌いで、ブラスバンド(サックス)とアコーディオンに浸る毎日。
高校1年の夏、日本にタラフ・ドゥ・ハイドゥークスが来ると知り、チケットを購入。
購入後、沖縄でライブがあると知り沖縄ならセッション出来るかも‥と、母と沖縄に行くことに。
学校へは「家庭の事情で1日お休みします。」と母が連絡。
沖縄へ行きタラフ・ドゥ・ハイドゥークスのライブにアコーディオンを持ち込み
ライブ終了後、セッション。やった〜!
後にタラフ・ドゥ・ハイドゥークスの2枚組DVDが発売。
沖縄での演奏が画像になっていることを友人からの連絡で知る。
高校1年冬 民族系の音楽が好きでバンドを組みたくなり
ブラスバンド部の暇してる4人を誘いMINORITY ORCHESTRAを結成
音楽と美術以外何もしないので他の教科の単位が
足りなくなるものの先生の努力により?!無事3年に進級。
17才の夏、小学校の時から夢だった大道芸人になりたくてヘブンアーティストの審査を受ける。
MINORITY ORCHESTRAと小春の両方で審査通過。晴れて、ヘブンアーティストになる。
高校3年の文化祭ではクラス企画の壁画を描いたり
ブラスバンド部でやりたい放題してみたり
野外ステージではマイノリティオーケストラが
ストリートファイターズに取り上げられたりと
楽しい毎日を過ごす。
ヘブンアーティストとして、いろいろなイベントに呼ばれるようになる。
オリジナル曲を書くようになり集会所で一発録りをしてCDを作る。
路上などライブで販売。
なんだかんだ高校を卒業。
2007年18歳
三茶de大道芸をきっかけに
ジャグラー目黒陽介とプラノワを組む。
色々なイベントでパフォーマンスをする。
2008年19歳6月
youtubeにのっていたMINORITY ORCHESTRAの動画をきっかけに
ロンドンのチェルシーフェスティバルに招待される。
MINORITY ORCHESTRA初海外!きゃほーい
今に至る。